彼女の福音
参拾漆 ― Watch out, boy, she'll chew you up ―
「やー、マジで参ったっすよ」
ははは、という声を聞きながら、僕はオフィスに入った。人のまばらなフロアの一角で、数人の男達が大声で笑いながら話している。
「つーかさー、最近の女って、マジやばくね?肉食?マンイーターっつーの?下手したらこっちが食われるって感じ?」
グループの中でも僕の次に長くいる茶髪のピアスがへらへら笑いながら話した。うん、何つーか、あまり知性の感じる話し方じゃない。何でこんな奴が大口叩いていられるのかと言うと、別にこいつが社長の息子だから、とかそういう裏な話じゃない。とどのつまり、僕らは生存者なのだ。ある日突然僕の会社を襲った風邪の流行。倒れる社員。そして一握りの選ばれた者達が今日も元気に企業戦線で踏ん張っている。そう書くとカッコいいけど、ふたを開けてみれば「風邪にかからない=馬鹿」なわけで、結局は馬鹿が集まってだべってる。無論仕事は進まない。
ん?僕?ははは、やだなぁ、僕が馬鹿なわけないじゃないか。僕はほら、普段から生命力が強いからさ、風邪にかかったことないんだよ。え?それって馬鹿の証拠じゃないかって?大きなお世話だよっ!
「ホワイトデー?それってさ、マジで女共の陰謀じゃね?」
「そうっすかねー、俺、てっきりうちらみたいな会社の消費作戦だと思ってましたけど―」
「はぁ?お前、あっまあま?俺らなら、何?むしろもう一回女共に貢がせるとか?俺らがお返しするって、ありえないって言うか?」
……言いたいことはわかるけど、その疑問形、本当に馬鹿っぽく聞こえるんですけど。あと、僕の知り合いが聞いたら、それこそスパナとバットが直撃の上に空中浮遊まで楽しめて、更に辞書で迎撃、薬物と毒パンを体に押し込められた上に木彫りのヒトデで殴られて呪われそうだから、そんな大声で言わない方がいいよ。
「あ、春ピーじゃん」
僕がひそかに「前歯」って呼んでいる奴が僕を見つけて笑った。前歯、ってのは、間のあいた前歯が出っ張っていて目立つからそう呼んでる。
「春原さんでしょ。あんたらいい加減礼儀って覚えろよな」
「硬いこと言うなってー、春ピー。それより何だったわけ―?」
「のばしー」の一言に、みんなが頷く。のばしーってのは……まぁわかるよね。
「別に……何でもないよ」
「もしかして女?え、マジマジ?春ピー彼女持ち?」
茶髪ピアスが身を乗り出す。
「ないってないって。春ピーに彼女なんて、どこの物好きよ?」
「ありえねー」
「っしょ?そう思うっしょ?マジありえねーっていうか?春ピーが頑張っても無理っていうか?」
あはははは、と馬鹿達が笑う。かちん、むか、ぶちぶち、と来る反面、確かに少しほっとする。
今から十分前、僕がオフィスで楽しく休日出勤してると、マナーモードにしている携帯が振動した。
「あ、んー、疲れちゃったなぁ。ちょっとコーヒーでも飲みに行こうっかなぁ」
僕は背伸びをすると、できるだけ自然に給湯室に行き、そして誰もいないのを確認するとすばやく携帯のふたを開けた。
「もしもし?」
『遅いじゃないの。何やってたの』
受話器からは、我らが麗しの杏様の、少しご機嫌斜めな声。
「ごめんごめん、何か今ちょっと手が離せなくてさあ。ホントごめん」
『……まあいいけど。で、とりあえず合いカギは無事に見つけたけどね、もうちょっと隠し場所考えなさいよ。玄関の前にそのまま置いておくって、あんた、盗みに来てくださいって言っているようなもんよ?』
「そんな大したものないって」
『しょうがないわね。うん、じゃあ、これからはあたしが預かっておくって事で』
「え?」
思わず僕は聞き返してしまった。あ、やべ。
『なぁに?何なの、今の?』
「あ、いや、別に……」
『あたしが持ってちゃだめなわけ?』
「い、いえ滅相もございません」
『まさか陽平……』
背後でごごごごご、という効果音が聞こえてきた。こりゃ相当に怒ってる。怒っていらっしゃる。
『あたしの知らないところで、浮気なんてしてないわよね?ん?』
「して、してませんっ!杏様さいっこういやっほぉぉおおおおおおう!!」
声をひそめながらいやっほうするのって大変だよ。でも、ほら、僕ってハードボイルドエッグで知られてるからさ、仕事中に女と電話、しかもその女に頭が上がらないってのは恥ずかしいよねぇ、てなわけで。
『ふ〜ん?』
「いや、ホント。僕ってほら、杏一筋だし」
『……まぁいいわ、それより陽平、何か食べたいものある?』
「フォアグラとウミガメのスープ」
『……一遍死ンデミル?』
「ごめんなさい調子に乗りましたすみませんすみません、杏様御自らお作りになられたお料理なら何でも美味に感じられますハイ」
『……まったく。じゃあ、何か適当に作っておくから。仕事頑張んなさいよ』
「ういーっす」
僕は携帯を切ると、安堵のため息をついた。
そりゃあ、僕だって杏がいるのに浮気なんてしない。そんなことをしたら、命がいくつあっても足りない。それにまあ、その、杏以外の人に目が行くほど暇じゃないし、特にしたいとも思っていない。
だけど。
だけどさ、僕だって若い男なんだし、一人暮らしなんだし、杏とは離れて暮らしてるから会えない日だって多いから、色々溜まるわけで。
とにかく、僕としてはその溜まったものをどうにかして放出しなきゃいけない。想像力を働かせるのもいいけど、やっぱり目に見えたものがあったほうがいい。だとしたら、やっぱあれでしょ。江労本さんのお出ましでしょ。つーわけで僕の部屋には、センリャクゲンセン?それみたいに各所各所にてお宝が分散されてる。万が一一つが見つかっても、他のは大丈夫だって寸法さ。
だからそういう具合に隠されている絵(ろ)本だけど、もし僕がそれを使用中に杏がひょっこり遊びになんてきたら、それこそガッデームでオーマイガーな結末が待ってるっぽい。というわけで、杏にそのサドンデスモードの鍵を明け渡すことは避けたかったんだけど、何ていうかなぁ、春原三等兵がどうあがいたって杏様軍団長の電撃戦に勝てるわけないしね。
ちなみにセンリャクゲンセンって何だろう。四文字熟語っぽくてかっこいいんだけど。
というわけで、実際に僕がオフィスを出たのは、何を隠そう彼女様からの電話だったのだ。これがこいつらに知られようもんなら、どうなることかは火を見るより明らかだ。
「にしてもさー、やっぱやばいんすかねー、ホワイトデー」
「俺さ、ほら、彼女があれだしさあ、ディズニー?エルメット?類布団?そんなの頼まれてるんすよね」
「それ何だよー、ディズニーのエルメットの類布団ってー」
「さあ……期待してるねっつってたんすけど……」
「もしかするとあれじゃね?ディズニーランドでエルメットって乗り物に乗せて、お土産に類布団が欲しいって言ってるんじゃね?」
「あー、まじっすかー」
「そっか、それかあ。よくわかるっすよね。さすがっす」
「天才じゃないっすか―」
「つーか、お前らもうちょっと考えた方が良くね?女っつーたら、どっか連れてけって言うに決まってっしょ?」
あははははー、という笑いを背後に、僕はこめかみをさすった。
それって、どう考えてもティファニーとかエルメスとかルイ・ヴィトンとか、そういうブランド物ねだってるだけっすよね?それって、どう考えても僕らみたいな安月給の消耗要員には手の出せない代物っすよね?それって、どう考えても達の悪い恋愛商業っすよね?!
何でだろう、こう、僕を辞書でふっ飛ばしたり無理難題押し付けたりする杏が、すっごくまともな恋人に思えてくるよ。杏なら、僕の財布の中身ちゃあんと理解してるから、物をねだるのだってそれ相応だし……
あれ?何でだろう、今「民は生かさず殺さず生殺し」って言葉が頭に浮かんだんだけど……
「でもお前大丈夫?そんなんねだってると、ぼやぼやしてると一切合財吸い取られちゃうんじゃね?」
いや、まあもうすでにそうなりそうなんですけど。
「そーそー、ぼやぼやしてると食われるから気をつけろなー」
「はは、まじっすか。俺、草食に見えますか」
「草食とかじゃなくて?むしろ肉食が肉食食うっつーか?なりふり構わず食べちゃうとか?」
「あのー」
仕事してください、と言おうとしたんだけど、その途端に一斉に三人とも僕を無表情で見た。睨まれるよりつらいよ、これ。
「えと……何でもありません」
「あっそ」
「春ピー、話の腰折ってんじゃねーよー」
「つか、マジうざくね?」
散々な言われようだよね、これ?
「……ねぇ」
僕は青筋がびしりと浮き立つ音を聞きながら、なるたけ穏便な声を出して言った。
「今日の進展がこれだけなんだったらさ、月曜日までにどうやってこの仕事終わるのか、教えてほしいんだけど」
すると茶髪ピアスはぼりぼり頭を掻いて言いやがった。ええ、言ってのけやがりましたよ。
「そんなんいまさら言ってもしょうがないっつーか?今日はちょっとノッてこなかったって感じ?ヒップになれきれなかったってゆーの?」
「何か今日は調子出なかったよなー」
「そうっすね。何かあっという間に一日終わったって感じ?」
あっという間じゃないよ。ゼンゼンあっという間じゃないよ。そりゃあんたらが仕事してた時間はあっという間だけどさ、あんたらヒップもノリも、朝っぱらから夕方まで駄弁ってたじゃないかよ!!
「まー、春ピー、ドンマイ?明日はバリバリって感じっつーか?全力発揮?マジパネェくらい仕事すっからな?」
「最後の疑問形がとっても不安なんですけど!!」
「だからー大丈夫だってー。明日はバリバリィー?最強ナンバーワーン」
「そんな懐かしい地獄先生ネタ持ってこられても、実際明日は地獄なんだって」
「まあ何とかなるっすよ。んじゃ、お先」
「うーっす」
「ま、気にしない方がいんじゃね?」
そう言って早々と帰っていく茶髪ピアスと前歯とのばしー。あんたら、ちょっと勘違いしてるけどさぁ、何とかなるんじゃなくて、僕が何とかしてるんだろうがっ!!
と言いたかったけど、一人寂しくオフィスで吠えても虚しいだけだったので、とりあえずやれることはやっておく。というか、やっておかないと月曜日に僕がとんでもなく叱られることになりそうだ。何というか、その、いいチャンスも巡ってきそうな感じだし。
というわけで、僕が退社したのは大体七時。休日出勤なのに見事残業してるよ。とほほ。
帰り道に、ふとあの三人の馬鹿話がよみがえってくる。食われる、ねぇ。確かに杏って、肉食か草食かと聞かれたら、どう考えてもティラノサウルス並みの肉食だ。暴君っぽいし。
そんなのに食われるって言ったら……
薄く開かれたカーテンの隙間から朝日がさし、嗚咽と紫煙を吐く音の響く薄暗い部屋を照らす。煙が渦巻くその部屋には、饐えた男女の臭いが漂っていた。
「まぁ、少しは大人げなかった、かな」
低い声がぽつりと漏らし、そしてその後くっくっく、と含み笑いが響いた。嗚咽が尚更強くなる。
「久しぶりの上玉だったし。満足っちゃあ満足なんだけどね」
「えぐっあう、ぁああ……ふぁ、ふぇ、うぉええ、っぐぁ……」
嗚咽がくぐもる。それは泣き声を聞いて楽しむ悪魔へのささやかな、しかし必死の抵抗であった。
「泣くほど良かったわけ?はーん」
「そんなわけないでしょっ!あうあああっああああんんん……うぁあああ」
「はいはいっと」
不気味な笑い声が再度響く。そしてか細く弱弱しい声。
「芽衣……僕、もうお婿にいけない体になっちゃったよ……ひぐぅ、うぇっえええっ」
「何寝ぼけたこと言ってるのよ。あんたはもうあたしの所有物なんだから」
その断言するかのような声が、春原の泣き声を更に掻き立てる。
「さってっと……これの支払い、あんたよね、もちろん。あ、あと今月のあたしのバイクのローン頼むわ。払い終わったら言ってね。もうそろそろアパートも大きいところに移りたいし」
「……」
「何よ、その不満そうな顔は。いいの、そんなことして。あたしがその気になれば」
そう言って杏は携帯を取り出し、ディスプレイを春原に向けて見せた。
「この恥ずかしい写真が世界中に発信されちゃうのにね。とりあえず朋也とか芽衣ちゃんとか」
「ひっ」
「あんた、結構かわいい顔するじゃないの。ふふ、ますますおいしくいただきたくなっちゃうのよね、泣いてる顔見たりすると」
「……」
「言うこと気いてりゃ、悪いようにはしないわよ。今のところ、面白いおもちゃになりそうだし。返事は」
「……はい」
「違うでしょ。もう一度」
「……喜んで……従わせて……い、いただきま、す」
「良くできたじゃない。いい子ね」
そう言って、杏は服を嬉々と着始めた。杏がバッグを肩にかけて、ドアノブを握った時、鼻水と涙でぐしょぐしょになった顔を向けて春原は怒鳴った。
「鬼畜っ!悪魔っ!お前なんて、人間じゃない」
「……へぇ。じゃあ、あたしは何なのかしら」
「お、お前は、お前は人の皮を被った、鬼だっ!」
鋭い眼光に晒されながらも春原は精一杯声を大にして言った。しかし
「……ふふふっ。あは、あっはははは、はあっはっはっははは」
そんな罵声ですら、杏は面白くてしょうがないと言わんばかりに笑い飛ばした。
「面白い。最高よ、陽平」
「な、何だよっ!何がおかしいんだよっ!」
「おかしいわよ。いえ、おかしくない。だから笑えるんじゃないの。いい、陽平。良く聞きなさい」
そしてふっと笑顔を吹き消すと、杏は絶対零度の無表情で言葉を春原に投げかけた。
「あたしは人の皮を被った鬼だけどね。それを世間じゃ『人間』って呼ぶのよ」
「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
あまりにも怖かったので、思わず叫んでしまった。道を歩く人が一斉に僕を見たので、「何でもないっす」と言いながらその場を切り抜けた。
いや、でも、ほら杏だって、いくらなんでもそこまで鬼畜じゃない、はず、だと思う、というか願う、というか祈る。
そう思いながら、僕はアパートの自分の部屋の前に来た。扉の向こうに、杏がいる。僕はさっきからちらちらと頭に浮かぶ光景を振り払いながら、ブザーを押した。
『はい、どなたですか』
「あ、僕。今帰ってきたんだけど」
すると一瞬の沈黙の後、ドアが開いた。
「おかえりなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それともあたし?」
「ひぃいっ!!」
情ないことだとはわかってるけど、僕はそのままアパートの廊下のレールにへたり込んだ。
「……何よ。とって食おうってわけじゃあるまいし」
「は、ははは、そ、そそそそうだよね、あは、あはははは」
「……変な陽平。それより、早く入りなさいよ。ご飯できるわよ」
そう言って杏はるんるん、と部屋の台所に行ってしまった。服の汚れを払いながら部屋に入ると、僕は言葉を失ってしまった。
「……」
「どうしたのよ、そんなところで」
「いや……すごいなぁって」
何というか、今朝仕事に出るときにはカオスだった部屋が、今では床が見えるばかりかちゃんと掃除機すらかけてあった。
「大変だったのよ?もう全部徹底的に綺麗にしたからね」
徹底、的?それってもしかするといろんな所を掘り起こしたり覗いたり?そういうこと?
「ね、ねぇ杏、あのさ、片づけてる最中、何か見つけなかった?」
「ん?何の話?」
「い、いや、別に何でもないよ」
「何かって、何かあるの」
「あはは、そんなの、あるわけないじゃん」
ほっ、良かった。どうやらお宝は見つかってないようだ。僕は安堵のため息をつくと、ネクタイを外して食器を並べたりするのを手伝った。
「はぁ、極楽だねぇ」
僕は狭いながらも備わっている湯船に肩までつかった。何というか、恐れていたことが杞憂だってわかると、こんなに開放的に感じられるのかと少し感動した。
あの後、杏が片づけをやってくれている間に、僕はこっそりお宝探しをやってみたのだった。運のいいことに、全部僕が最後にしまった場所に無事待機していてくれた。これでなくなってたりしたら、それこそSHOCK!だもんなぁ。
『陽平、布団、敷いとくわね』
「うん、ありがと」
僕は浴室の扉越しに杏に答えた。そうだ、もうそろそろ出ないとね。この後で杏が入るってことになってるんだから。そう思いながら僕は体をさっと流し、拭いてパジャマを脱衣所で着た。
「今出たよ」
「はいよ」
浴室・トイレとその他の部屋を繋ぐ短い廊下で、僕は杏とハイタッチをしてすれ違った。う〜ん、こういう風に仕事で疲れた夜は、早く寝るに限るよ。そう頭の中で呟きながら布団に潜り込もうとして
「…………はい?」
僕はその布団の奇妙な膨れ具合に眉をひそめた。何だろうこれは。恐る恐る掛け布団をずらすと
「っ!!」
戦慄。部屋の気温がみるみる下がっていく。あ、あれ、おかしいな。何で僕の布団の中に、部屋中に隠されていたはずの絵本が集結してるんだ?あ、あはは、これって何ていう偶然?
って、偶然じゃないよっ!現実逃避してる場合でもないよっ!!
僕は動かない体とは反対に急速に回転していく頭で考えた。よし、落ち着け。帰ってきたときの杏の様子は?普通、に見えたよね。帰ってきてからご飯食べて、風呂に入って……
待て。
その前に何か変なこと言ってたよね。ご飯?お風呂?あたし?
ちょっと待ってよ。そう言えばさ、そんなことを言っておきながらさ、主導権は誰が握ってたんだろう。帰ってきてからなし崩し的にご飯になって、その後で杏が「片づけやっとくからお風呂に入ってきなさいよ」って言って……って、僕に選択の余地なんてなかったよね?というか、なかった事実すらも気付かせてもらえなかったよねっ?!
全部、計画されてたんだ。
「そう、ようやくわかった?」
後ろから静かな声が聞こえる。振り返らなきゃ。でも、体が動いてくれない。僕は口を何度かぱくぱくさせてから、ようやく絞り出した。
「いつ、ばれたの?」
「片づけ始めてから十分くらいに、最初の一冊にぶち当たったわ。それからはまぁ、三十分で全部見つけたかしら」
「で、ずっと待ち構えてたってわけ?」
「そういうこと。あ、そうそう、ごめんね。お風呂なら、片づけが終わった後でさっとシャワー浴びちゃった」
「……僕がここで立ちすくむところまで計画済みってわけね」
「わかりやすいもんね、陽平って。他には?」
そこでようやく僕は首を後ろに捻じ曲げた。そこには黒い炎を背後にまとった、いい笑顔の杏様(はぁと)が仁王立ちしていらした。
「何で、こんな手の込んだことを?」
「きまってるじゃない」
杏がすっと僕に歩み寄ってくる。逃げろ、逃げなきゃ、今すぐ逃げようよねぇ?
「さっと斜め読みしたから、陽平の好みも大体掴めたし、後は実施するだけだから」
「ひ」
「あたしに隠れてこんなことをして。今夜という今夜はきっちり教えてあげるわ、あんたがあたしのだってこと」
「ひぃぃい」
春原は逃げた。しかしダメだった。知らなかったのか?大魔王杏様からは逃げられない。
「覚悟はいいわね?」
かちり、と杏が蛍光灯のひもを引き、世界は暗黒に包まれた。
ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ
次の日、僕がどういう風に朝を迎えたのかは、みんなの想像通りだと思う。